「父ちゃん、これ!」と言う言葉と同時にボールが
僕の目の前に飛んできた。
慌てながらも何とかキャッチすると、
僕の手にはちょっと薄汚れた公式野球ボールが握られていた。
息子は小学1年生から高校3年生までの約12年間、
野球というスポーツに生活のほとんどを費やしてきた。
親の僕から見ても「よくやるなぁ」と思うくらい
毎日トレーニングや自主練習を欠かさずにやっていた。
必然的に親の僕にも早朝からの弁当作りや始発前の送迎などの
負担が掛かってきたのだが、息子の熱心さを見るとやらない訳には
いかずに、できる限りのことはやってきたつもりでいた。
そして迎えた高校3年生の春、夏の大会前の練習試合で
ダイビングキャッチをした際に肩を脱臼してしまった。
その怪我が原因で本番の夏の大会ではメンバーから外れてしまって
本人的には非常に不本意な最後となってしまい、僕自身もかなり凹んだ。
そしてチームが最後の試合を終えた日に
息子の野球人生も終わりを迎えたのだが、
僕の手にボールが握られたのはちょうどその日だった。
改めて手にあるボールに目をやり、「これ何?」と聞くと
「俺が最後に使ったボール。やるよ! 今までありがとう。」と
ぶっきらぼうな返事が返ってきた。
その言葉を聞いた瞬間、12年間の様々な記憶が蘇ってきて
目頭があつくなってしまい、
「お疲れさん、こっちこそありがとな。」と簡単な言葉を
返すのが精一杯だった。
数々の感動や喜びを与えてくれてホントにありがとう。
また肩が治ったら一緒にキャッチボールしような!
特別養護老人ホーム エクリプスみなみ野 施設長 田中 大輔