雨の多い時期になった沖縄で、先日シーミーのため、祖父の家に行きました。
近年は祖父母とも年をとったため、
お墓へは私と父の2人だけのお参りになっています。
先祖の御墓参りと言っても本土とはまったく違っていて、
いくつかの檀家のお墓へ行って、お供え物を持って行きます。
途中で自然に出来た祈願所にも行きます。
私のシーミールートは山のふもとにあり、普段は行かないような森の中にあります。
その日は雨が降った日でどんよりと曇っていて、
最初のお参り場所は森の中にあり、暗く寂しい雰囲気を出していました。
木々の葉から雨の雫が伝って、ぽつぽつと音だけが聞こえるほどの静寂さの中に、
沖縄の独特の真っ黒い平たいお線香の煙が
風のない森をどんよりと白く漂っていました。
次の場所は私の一族の門中墓へ。亀甲墓が古くなったので、
ピカピカに奇麗に修正されていました。
また亀甲墓の裏手は大きなゴルフコースが広がっており、
ハブが出て来そうな雑草林の中には
たくさんのゴルフボールがゴロゴロと転がっていました。
一族の門中墓、祖母の門中墓、大祖母の門中墓といくつかの供養を行った途中、
山のふもとに沖縄南部を見渡せる展望エリアがあり、
そこで少し景色を眺めて休息をとり、梅雨入り間近の沖縄の景色を楽しみました。
久しぶりに大祖母が入っているお墓に来ることができて嬉しかったです。
一年に一度しか来ないので、その時は感謝いっぱいのお参りをします。
米軍事業部 沖縄営業所所長 神谷 卓哉
シーミー最初のお参り場所は薄暗く、ジャングルの中にある雰囲気です。
多くの亀甲墓周辺はがじゅまるや大きな木がぐるりと囲んで、小さな森の感じです。
【しーみー】
旧暦3月の吉日に行われる沖縄の三大行事の一つ。
中国から伝わったとされ「清明の節」の期間に先祖のお墓に親戚が集まって、
お線香やお花、重箱につめた料理をお供えし供養する。
ちなみに「清明の節」というのは、植物が成長をはじめる時季、
という意味で活力にあふれた季節を意味している。
基本的には清明の入りから15日以内に行うのが基本だが、
現在では休日に行うことが多い。
【亀甲墓】
「かめこうばか」。屋根の部分が亀の甲羅のような形になっていることから
名付けられた。福健省など中国東南部に分布する形状で、沖縄に入ったのは
17世紀末、一般に普及したのは明治以降といわれる。
本土の墓に比べると室内はかなり広い。昔、死者は棺ごとシルヒラシという
入口に近いスペースに置かれ、数年後の洗骨をまつ。
洗骨して清められた骨は骨甕に入れられる。現在は火葬して骨だけを納めている。
なお亀甲墓は俗に母体をかたどったといい、
人は死ぬと再びもとのところへ戻るという帰元思想の現れといわれている。