長男の名前は「陽介」といいます。太陽のように暖かく、明るく、
大勢の人を包み込めるような大きい優しい人間になって欲しいと
願って私が名付けました。
主人は最初の子はどうしても自分が名付けたいと頑張ったのですが、
主人の望む男の子を産んだのは私なのだからと、
私の頑張りが優先されました。
次男は「健太」です。「陽介はおまえがつけたから今度は俺が。」
と主人が名付けました。
健太も名の示すとおり元気で明るい子に育ちました。
陽介が8歳、健太が6歳の時に三人目を身ごもり、
二人が、男の子だったら「正樹」、女の子だったら
「美樹」がいいと名前はすでに決まっていましたが、
妊娠初期の頃からずっと切迫流産の危機がつきまとい、
妊娠4ヶ月に入って医者から絶対安静を言い渡されてしまいました。
4ヶ月ともなれば平均身長は15cmなのに
私のお腹の中の赤ちゃんは7cmしかなかったのです。
それでも、どうしても、なんとしてでも、
正樹か美樹にこの世の命を授けたくて、
お医者様の指示に従って何日も横になっていたある日
・・・台所から二人の声が・・・
「お母さんが早く元気になるようにサラダ作ってあげよう。」と
冷蔵庫をゴソゴソ、包丁の音がコンコンと…
健太「お母さん、いつもレタスは
包丁で切らないで手でちぎってるよ。」
陽介「うん、そうだね。キュウリはこんな形でいいかな?」
「できたぁ!」
ところが、
「なんか寂しい感じだね。何故かな???
分かった!! 赤い色がないからだよ!」と陽介がいい、
健太が冷蔵庫をガソゴソしながら
「冷蔵庫にトマトないし~~~、あった! 赤い色の物!!」
床からずっと聞いていましたが、
私も小さい息子達が作ってくれるサラダ、興味津々。
どんな物がでてくるのやら!?
特に、「あった!赤い物!」の正体???は何か?
レタスと、キュウリと、<梅干し>でした。
(おかしいやら、嬉しいやら、酸っぱいやら)
「正樹」は妊娠5ヶ月目でこの世を去り、
母の眠るお墓に小さすぎる正樹を納めた時も寺主から
「ご自分の命を助けてもらったと思いなさい。」と言われても、
なかなか守ってやれなかった自分を許せない私を、
陽介の優しさと、健太の明るさが、どれほど救ってくれたことか。
それから二年後に女の子を授かりました。
名は「美樹」ではなく「未来」です。
陽介、健太、 君たちのおかげです。
ありがとうございます。
又、あのサラダ、食べたいなぁぁ。
米軍事業部 係長 Y. M.