徒歩で可能な“歴史散歩”をしようと思い立ち、せっかくなので、かねてよりの私の旅のテーマである「万葉歌碑を巡る」を、地元で実践してみました、
大阪府吹田市にある「垂水神社」には、「石走る垂水の上の早蕨の萌え出づる春になりにけるかも」という万葉歌の碑があります。
この神社の創建は、36代孝徳天皇ご在位(645~654年)のころ。大化の改新(最近では乙巳の変というのかな?)の時代ですね。大阪北部に広がる千里丘陵の南端に位置しており、孝徳天皇ご在位時の都「難波宮」(大阪城のすぐ南、クールジャパンパーク大阪にも近いです)の真北、約10㎞の地点に鎮座します。
「垂水」とは、読んで字のごとく、垂れる水、すなわち滝を意味しており、上記の歌は、境内にいまも残る「垂水の滝」を詠んだものです。干ばつの際、ここからほとばしる水を、樋を架けて難波宮まで運んだとの言い伝えもあるそう。もっとも、現在ではその水量はささやかなもので、滝というイメージとはやや遠いのですが、これはこれで風情がありますね。
この歌を詠んだのは、大化の改新の立役者・38代天智天皇の第七皇子である志貴皇子。本人は皇位とは無縁でしたが、ご子息の白壁王が49代光仁天皇として即位されます。この即位により、皇統は天武天皇(天智天皇の弟君=40代天皇)系から天智天皇系に戻り、現在の皇室も、志貴皇子の直系のご子孫ということになります。
ささやかな“滝”を眺めながら、1400年におよぼうかという長大な時を思う。何世代にもわたり、「垂水の滝」を残してくれた、地元の方々に感謝です。
建物総合事業本部 志方 正紀