ちょっと時季がずれてしまいますが、
3丁目の夕日の時代です、まだ若かりし頃のお正月の風景をご紹介します
その頃実家が京浜急行のとある駅の近くで洋品店を営んでいました
何処の商店も大晦日には除夜の鐘が鳴り終わるまで開いていました
1日の午前1時過ぎになると初詣の人達が破魔矢を手に帰ってきました
川崎大師の帰りですね、それからも商売になりました
正月用の下着を買いに来てくださるお客様とか、結構いらっしゃいました
お風呂屋さんが朝6時頃迄開いていて
3時とか4時位にお風呂に入りに行って居ました
それから一眠り、多分10時頃でしたか
家族全員揃っておめでとうございます、の挨拶
お年玉を両親から頂く、商売手伝っていましたから
沢山貰ったような記憶があります
その頃のお正月は皆さん着飾って出かけていました
日本髪を結ってる女性もかなりいました、と言う事で私も結ってみました
既婚女性は島田、未婚の若い女性は桃割れ、全部自分の髪です
かもじも自分の毛で作りました、(髪の毛腰位まで伸ばしていましたので)
近所の家に行ってご馳走になったりお年玉貰ったり
3軒隣の貸本屋(解りますか?有料です)のご夫婦は子供さんがいなかったので
ことのほか可愛がってくれました。古き良き時代でした
日本髪で一番困った事、どんな形で寝ていいのか
さすが箱枕は有りませんでしたので
しかたがないので炬燵にうつぶせで寝てました
3.4日しか持たなかったです、最後は形が崩れてひどい有様でした
一回で懲りました
今では髪結いさんもいませんし過去の遺物?と化してしまいました
実家のある場所も様変わりしています、あの頃にもう一度戻ってみたい
と思うのも歳のせい?でも現代の隣近所のつきあいが希薄になってしまった今、
貴重な体験をさせてくれた昭和に感謝です、貸本屋のご夫婦にも感謝です
取締役 管理本部本部長 平澤 優美