季節というのは、地域によって種類や長さが異なるものです。
ラジオで流れている音楽がさくら、さくらと奏で始める春。私が小さいころ住んでいた沖縄に咲く桜は主に寒緋桜という2月頃に満開を迎える桜で、背は低いものが多く、花びらではなく花が丸ごと椿のように落ちる桜です。色も紅色に近く、2月は雨も多いので咲いたと思えば地面に散らばってしまう事も少なくありません。個人的には、寒緋桜よりもコガネノウゼンという3月から4月にかけて眩い黄色の大きな花をつける木の方に沖縄の春を感じます。
私が初めて本州のソメイヨシノといった桜を見たのは、記憶に残る限りでは大学へ入学したころでした。風に吹かれる花吹雪を見て、今まで桜について歌っていたどんな唄も私は理解していなかったと感じたのを覚えています。それほどまでに眼前に広がった桜の並木道は圧倒的で、どんな映画で見るよりも綺麗なものでした。こんなに美しい花がほんの数週そこらのうちに咲き乱れ散ってしまうのだから、それは思い入れも強くなるはずだと深く納得したのを覚えています。

そんな日本の美しい桜景色を迎えることができる4度目の春、新宿御苑に赴いて人生初のお花見を敢行しました。桜の下を歩いて写真を撮ったことはあったものの、桜の木の下でご飯を食べるというのは初めてで、御苑の敷地内の売店で売っていた穴子の散らし寿司を頂きました。お弁当箱の中にも桜をかたどるものを入れるのに日本の季節に対する愛着を感じます。

4月という時期だからこそ、関西で働いている友人が研修のため東京へ来ていたので、御苑に咲く花をひとしきり見て回り、春の穏やかな陽光が差す中で暖かな季節の訪れを感じることができました。原っぱでは寝転がっている人も多く、自分もあお向けになってみるとまるで悪いものが草や土に吸収されるような安らぎを覚えました。草の上に寝転んだのなんていつぶりだろうと思いつつ、どんなに文明が進んでもやはり人間の体は自然の中で生まれたのだと感じました。

私が今までの数十年過ごしてきた地球環境は、五十年前、百年前のものとは異なっています。風がそよぐのを感じながら木漏れ日を浴びる心地よさが、移り変わり、失われてゆくものであると思うと、そんな時間を過ごすことができた感謝と同時に、そんな心地よさを少しでも遺すために自分自身ができる範囲のことはしていきたいと改めて思わされます。花が咲く、ただそれだけのことに対し感じる有難さを、お花見を楽しむことができるという非凡な当たり前を、人と自然が共存するため行動を起こす理由として大事にしていきたいと思いました。
米軍・海外事業部 L.C.