私の父

私の父は今、
昭島にあるハーレーダビットソン
http://www.hd-showa-no-mori.jp/)で
日々の業務に負われている。
もう年齢的には定年を迎え、
悠々自適な生活をおくっていてもおかしくはないのだが、
会社からはまだいて欲しいと引き留められ、
現在にいたるわけである。ありがたいことだ。

父は仕事一筋の人でギャンブルもしないし、
昔から大好きだったタバコも今はもうやめてしまった。

唯一悪いのは酒癖ぐらいだろう。

お酒だけが原因というわけではないのだろうが、
父はしばしば母とけんかをしていた。
風呂上がりにパンツがおいてないとか
本当にくだらない些細なことでけんかをするのだから、
そりゃ犬も食わないわけである。

日々の父に対するストレスだろうか。
母は私や妹にグチをこぼすことも多々あった。

そんなある日、
母が倒れて入院生活を余儀なくされた時のこと。
もちろん家族全員が心配をし、
母の入院生活には出来うる限り
最善の体勢をとった。

しかし、そんな家族のなかでも
なにより一番ショックを受けたのが父だと思う。
母が入院したその日、父は息子達の前にもかかわらず、
がっくりと肩を落として深いため息をついた。

母が入院をしている間は、
父は1日たりともお見舞いに行くことを欠かさなかった。

特に冬の寒さが凍てつく時期で、
視界を遮る様な雪が降り積もり、
出歩くのも億劫である時もあったはずだ。

そんな時でも父はものともせず、
仕事から帰るなり車を走らせ、
母の入院している病院へ向かった。

なんだか涙ぐましい話しに聞こえるが、
病室についたらついたで、
母と父の間に特に会話はない。

酷い時は病室につくなり
父はナンプレ(数字を記入していくパズルゲーム)
をやりだす始末だ。
いったい何しにきたんだと
突っ込まずにはいられない。

けんかの絶えない夫婦であるが、それだけ
父にとって母は掛け替えのない存在なのだろう。

母が退院した今では、
大好きだった酒もほとんど断って
仕事に励んでいる。

そんな父を私は誇りに思う。

あ、そうそう。
ハーレーが欲しい方はぜひご相談ください(笑)

情報管理部 主任 北片 剣伍