エイト社員ブログ「懐古」

今年に入ってから車通勤になりましたが、実のところ2回目の車通勤です。
当然のように以前と同じ道を通っていますが、
この道、昔住んでいた家に面した道なのです。

それこそ通勤だけではなく、何千回、何万回となく通っていて、
その度この道に面したところに住んでいたわ、とまでは思い出していました。

でも、家がまだあるか?とは、一度も思ったことが無かったのです。
今回もいつものように、『そういえば、大昔この道に面した家に住んでいたわ。』
と思った時、その家がまだあるのか、初めて思い、
探しながら通ったら有りました、有りました。

私が6歳くらいの時に住んでいた家です。

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もう古くなって今にも崩れそう。人が住んでいるようにも思えなかったです。
でも雪の次の日、屋根に梯子がかかっていて、
雪下ろしをしたような形跡がありました。
まだ人が住んでいるようです。

ここは母が第二の人生を歩みだした時に引っ越した家です。
当時はテーブルも何もなくて近所の八百屋さんから木のみかん箱を貰ってきて、
それでご飯を食べたり宿題をやったりしたものです。
四人兄弟の宿題を広げるには余りにも小さすぎるみかん箱。
畳に腹んばいなって宿題をやったのを覚えてます。

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このブロック塀もなく、もっと開放的で近所のお友達と遊んだ路地です。
お隣には自転車屋さんがあって、よくお風呂を借りにお邪魔しました。
とても親切で優しいご家族でした。
その自転車屋さんも今はなく普通の家に変わってます。

路地の右側に家や一番奥に二階建てが建っていますが
昔はアメリカンハウスでした。家の後ろがこれ程までに
変わってしまっているのに、住んでいた家がまだ有るのが不思議です。
余り長くは住まず、すぐにまた次の家に引っ越ししましたが、機会があったら、
今度はその次に住んでいた家がまだあるか、探しに行こうと思います。

私自身も人生の転機にこの家を発見したのは、
偉大な母の人生を思い出させてもらえるきっかけになりました。

米軍事業部 係長 Y. M.